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百臆人のランナー


わたしたちの人生は、大小の幾多障害物を超えながら、

ゆく当てもないゴール無きマラソンのようなもの、という見方。

いや、僕は走らない、マイペースな歩みの人生だよ、と言う

人もまた、この世の人生マラソンに加わっている現実。

人類はみな、自分は身体だ、この世だけは本当だ、と思う

生き方をしているのが現実。百億人のランナー達。

そうした人たちが、記事「マーヤの本質」を読んで、それを

理解できる人は、殆どいないだろうと思います。

21世紀の現代を切り取ってみれば、自己の本性を知る

という正確な知識に遭遇する人が、どれだけいるのか?

という問い。それを知り、そこへ到達することが、人生の

ゴールだと認識する人は、ごく僅かに違いないのです。

では、それが人のゴールだと知って、そこへ向かう人の

数は、どれくらいいるのか・・・?

古代ヒンズー教の聖典に書かれてあることは、

「神を求める100万人の信仰者がいたとして、ゴールへ

到達するのは、ごく僅かだろう」というもの。

150年ほど前、ラーマクリシュナは、2臆か1億人に

ひとりくらいだろうと言っている。

神への信仰なき現代の日本では、どれくらいの人が

ゴールへ向かおうとしていることやら。。。

ゴールへ向かう途上において、バタバタと倒れるか、

探究を中断する人もまた数知れず。。。

このような現代において、自己の本性を探究する人は、

英雄と呼ばれるのです。しかし、英雄と呼ばれる人たちも

多くがバタバタ倒れるのです。


言うまでもなく、自己の本性が、外側世界の中にある

わけがないのです。それへの認識が無いと、宗教や

スピリチュアルを求めたりして、深い混迷の渦中に巻き

込まれるのが現状です。

人生または、すごろくのようでもあり、その場その場の

さいころの目が、行く方向を決めるようなもの。

実にいい加減な・・・出たとこ勝負の人生だこと!(笑)

自分の本性を知るという、ゴールを知らなければ、

わたし達は、何億年もの間、さいころの中を歩き廻る

記憶喪失者。無限的な闇の中を走り回るランナー!


すべての人の最終ゴールは、自分の内部に在り、

決して外側に無いということ。

これが真実の自己探求。

でも人は、自分の内を探究することなく、外側のみを

探し回っている、という現状。だから何万年たっても、

誰も本当の自己を知ることが出来ない。目標以外の

道を無目的に走る百億人のランナーたち。。。

上がりの無いさいころのような人生は、魅力にあふれて

いますか・・・?

でも、それは、果てしなき輪廻の繰り返し。

あなたは、ゴールに到達したいと思わないのだろうか?

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人生マラソン-2

続きを書こうとしたらサム君が、早く書いたらどう・・・?

みたいなコメントを書いてあった。庭師というより先走りの

サムが性に合っているような(笑) それでよいって。


人生のゴールとは、それぞれの人が考える中にはありません。

それらはみなマインドのたわごとです。人生のゴールは、

自己の本性を知覚することだけ。ただそれだけが人生の

目的なんだということ。

だから、いい大学をでること、いい企業に入社すること、

稼げる技能を身に着けること、幸せな結婚をすること

などなど、これらはみなマインドの見る夢なんだ。

人生マラソンという人生夢なんだよ。

しゃにむにいくら働いて、何を残したとしても、その総てが

破壊されて、死に至るのがこの世の定め。それが当たり

前だと言うマインドの欺瞞。誰も気づかない。


真実は、人生にゴールだけがあり、そこへ行くコースは

あるようでないんです。ゴールと言う目標へ到達する道も

またないんです。

何故かって?

人生のゴールとは、意識の問題であって、マインドの解放であって、

それが身体に束縛された魂の解放であって、お金や物や職業や

学歴や家柄などに関係がないから。

だから人生に目的があるとか、真理に至る道がある、というのは

嘘だと言うこと。本当は、人の到達すべき唯一のゴールだけがあり、

そこへ行くのは意識であって、なんの道が必要だと言うのだろう。

だから真理への道を教える、と言う者には、警戒すべし。ろくな

方向へ連れてゆかないから。

唯一終局のゴールを見定めることが最も重要であって、

職業も環境も、そのゴールを妨げることにはならない。

だから人生の道と言うのは、なんでもいいのだと言うこと。

ただ人生の目的を定めるなら、それは、自己の本性を

知覚することだ、と知ることが唯一の義務と言える。

もし、人がその職業が自分の生きる道だと言うならば、

最終ゴールを見定めていなければ、道と言うことは

できないだろうと言うこと。

定年退職がゴールだなどと思う馬鹿はいないだろうけど、

働くことの人生の終わりみたいな想いを抱く人は少なくない。

しかし、行き止まりの道が無いように、その先には、明確な

唯一のゴールが無ければならないと言うこと。それが自己の

本性を知覚するということ。これは、意識の問題なんだ。

定年退職して、目標を失うという人がいるらしいけれど、

それも違うんだよね。入社した時から人生のゴールが

知られていなかったんだ。

とりあえず終わり

人生マラソン


今朝の新宿は、良い天気に恵まれて、都庁前から

東京マラソンがスタートを切りました。

以前も中途半端な記事にしたけれど、マラソンは、

明確なコースとゴールがある訳です。その決められた

コースを逸脱しなければ、遅かれ早かれ、必ずゴールに

到達します。

では、あなたの人生のマラソンは、どうですか?

限りある命の人生の中で、幾多の競争があるけれど、

誰もが明確なコースもゴールも見えないのです。

学生なら将来は医者になるとか建築家になるという

ゴールを定めるかも知れない。

しかし、それは、中間地点の目標であり、最終的な

ゴールではありません。大学を卒業して、希望の建築家に

なっても、他者との競争があり、限定された才能や条件が

横たわり、しかも優秀なライバルが現れて、敗者にならないよう、

常に競争がありますね。だから走り続ける訳です。

その世界を走っても所詮は、中間目標の枠組みの中であり、

その走りが最終目標へ至ることは望めません。

多くの人は、中間地点の枠組みから抜け出すのは、恐らく

定年退職によってでしょう。中間地点の枠組みから解放された

そのとき、体力も気力も激減している自分に気付くのです。

そのような初老の地点から、終局的な人生のゴールへむかって、

ラストスパートをかけられる人は、滅多にいないのです❗️

なぜなら人生の本当のゴールを、そこへ向かう正確なコースを

誰も知らないからです。

唯一到達すべき本当の目標もなく、ただ盲目的に走り続ける

私たちの人生マラソン。そのような人生に、なんの価値があると

言うのでしょう。


続く

お茶会の企画

三月のヒーリングセミナーは、プログラム内容の

変更を伴いながら近々に告知します。

またセミナーとは別な形の出会いの場を作ります。

それは、紫蓮さんという稀有な存在に触れてもらう

ための「お茶会」です。内容は、決まっていません。

読者の興味あることを話題にする会です。

とはいえ原則は、生きることの意味についてです。

紫蓮さんの語られることは、参加者の誤解や

偽りの知識を正してくれるでしょう。

その他、古代遺跡の謎について、実相を正確に

透視できる人は、殆どいませんが、紫蓮さんは、

それが出来る稀有な人です。

エジプトのピラミッドがどのように建造されたのか、

歴史からは知られることの無い秘密を聞いたり、

宇宙からやって来た異星人についての真実を聞い

たりします。粉飾された偽りの歴史を知ることも

人があゆむべき正しい方向性を与えてくれます。

このように書いたからと言って、彼女を興味本位の

見世物にするという意味ではありません。

敷居を低くして、気軽に触れ合う場の企画です。

とはいえオカルト好きな人の興味対象には

なりません。また個人相談も受付けます。

お茶とケーキを含めた二時間の金額は、一万円の

予定です。受講生のフォローアップにも有益です。

日時が決まり次第、それを告知します。


井中の蛙

むかし、NHKラジオの「朝の随想」にレギュラー出演した

ことがあります。この「美人局体験」も語りました。

そして、50人以上からの称賛の声が手紙で届きました。

勇気づけられたとか、参考になったとか、自分もそのような

生き方をしたいと思ったとか。。。

でも、批判的な人の手紙はありませんでした。

批判的な人、評価しない人は、あえて手紙にしなかった

ということです。

真理を知らない聞く人の意識状態によって、同一の

体験が異質なものに認識される訳です。何ごとも。


言葉は、それを語る人を呪縛する要因の一つです。

例えば、悟った人、聖者という語について、50人の

学生に作文を書かせたとします。その作文は、

みな違うでしょう。

では、信仰心を持つ集団に当てはめて、同じ語を

イスラム教徒、キリスト教徒、仏教徒の集団がそれを

討論したなら、彼らは殴り合いの喧嘩が始まり、

遂には、殺し合いに進展する可能性は大です。

これが現実世界に起こっている争いです。

悟りの境地に到達しない井の中の蛙が、どうして

幾多の激流を超えた大海の境地を語れると言う

のですか?もし、井の中の蛙が大海を語ったなら、

推測したなら、悲観するなら、それは、妄想虚言だと

言われるものに違いないのです。


むかし家を新築した際、大き目の池も作りました。

金魚鉢に飼っていた金魚を池に放しました。

ところが、金魚は金魚鉢の枠内でしか泳がない

のです。手を入れると、枠組みからはみ出して

泳ぐけれど、また枠組みの中を泳ぐのです。

読者の皆さんは、なぜか分かりますね。

観察した結果、一週間くらい、枠組みの中しか

泳がない金魚。

これと同じことが人にも作用していることも幾多の

事例を紹介して、随想で語りました。

この話しも、結構な数のファンレターでした。


何が言いたいのか、と言うなら、僕の記事に気に

入らないことが書かれてあれば、唾を吐くような

ことをせず、黙って去ればいいでしょう、と言うこと。

紫蓮さんのことも、既に書いたことは残しますが、

新たな情報は、もう書きません。



プロフィール

代表:日浦祐次

Author:代表:日浦祐次
職業・建築家
東京都西新宿在住
事務局担当:長野匡也

身体内に閉じ込められて、
無数の条件付けに束縛された
人間としての私たちを

本当の自由へ導くための真理が
多くの偽り情報に覆われ、
真実は覆い隠されているのだと
聖典類に書かれてあります。
それゆえ、この世界は、マジック
ショーなのだと言うのです。

無数の束縛と無知という覆いを
取り去った裸の真理は、
求める人達に正しく提供される
べきであり、その目標へ到達する
正しい知識と方法を伝えることが
求められているという思いから、

「サハスラーラ新宿」
瞑想スクールを始めました。
http://sinnjyuku-saharsra.jimdo.com/

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