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人生マラソン-2

続きを書こうとしたらサム君が、早く書いたらどう・・・?

みたいなコメントを書いてあった。庭師というより先走りの

サムが性に合っているような(笑) それでよいって。


人生のゴールとは、それぞれの人が考える中にはありません。

それらはみなマインドのたわごとです。人生のゴールは、

自己の本性を知覚することだけ。ただそれだけが人生の

目的なんだということ。

だから、いい大学をでること、いい企業に入社すること、

稼げる技能を身に着けること、幸せな結婚をすること

などなど、これらはみなマインドの見る夢なんだ。

人生マラソンという人生夢なんだよ。

しゃにむにいくら働いて、何を残したとしても、その総てが

破壊されて、死に至るのがこの世の定め。それが当たり

前だと言うマインドの欺瞞。誰も気づかない。


真実は、人生にゴールだけがあり、そこへ行くコースは

あるようでないんです。ゴールと言う目標へ到達する道も

またないんです。

何故かって?

人生のゴールとは、意識の問題であって、マインドの解放であって、

それが身体に束縛された魂の解放であって、お金や物や職業や

学歴や家柄などに関係がないから。

だから人生に目的があるとか、真理に至る道がある、というのは

嘘だと言うこと。本当は、人の到達すべき唯一のゴールだけがあり、

そこへ行くのは意識であって、なんの道が必要だと言うのだろう。

だから真理への道を教える、と言う者には、警戒すべし。ろくな

方向へ連れてゆかないから。

唯一終局のゴールを見定めることが最も重要であって、

職業も環境も、そのゴールを妨げることにはならない。

だから人生の道と言うのは、なんでもいいのだと言うこと。

ただ人生の目的を定めるなら、それは、自己の本性を

知覚することだ、と知ることが唯一の義務と言える。

もし、人がその職業が自分の生きる道だと言うならば、

最終ゴールを見定めていなければ、道と言うことは

できないだろうと言うこと。

定年退職がゴールだなどと思う馬鹿はいないだろうけど、

働くことの人生の終わりみたいな想いを抱く人は少なくない。

しかし、行き止まりの道が無いように、その先には、明確な

唯一のゴールが無ければならないと言うこと。それが自己の

本性を知覚するということ。これは、意識の問題なんだ。

定年退職して、目標を失うという人がいるらしいけれど、

それも違うんだよね。入社した時から人生のゴールが

知られていなかったんだ。

とりあえず終わり

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人生マラソン


今朝の新宿は、良い天気に恵まれて、都庁前から

東京マラソンがスタートを切りました。

以前も中途半端な記事にしたけれど、マラソンは、

明確なコースとゴールがある訳です。その決められた

コースを逸脱しなければ、遅かれ早かれ、必ずゴールに

到達します。

では、あなたの人生のマラソンは、どうですか?

限りある命の人生の中で、幾多の競争があるけれど、

誰もが明確なコースもゴールも見えないのです。

学生なら将来は医者になるとか建築家になるという

ゴールを定めるかも知れない。

しかし、それは、中間地点の目標であり、最終的な

ゴールではありません。大学を卒業して、希望の建築家に

なっても、他者との競争があり、限定された才能や条件が

横たわり、しかも優秀なライバルが現れて、敗者にならないよう、

常に競争がありますね。だから走り続ける訳です。

その世界を走っても所詮は、中間目標の枠組みの中であり、

その走りが最終目標へ至ることは望めません。

多くの人は、中間地点の枠組みから抜け出すのは、恐らく

定年退職によってでしょう。中間地点の枠組みから解放された

そのとき、体力も気力も激減している自分に気付くのです。

そのような初老の地点から、終局的な人生のゴールへむかって、

ラストスパートをかけられる人は、滅多にいないのです❗️

なぜなら人生の本当のゴールを、そこへ向かう正確なコースを

誰も知らないからです。

唯一到達すべき本当の目標もなく、ただ盲目的に走り続ける

私たちの人生マラソン。そのような人生に、なんの価値があると

言うのでしょう。


続く

お茶会の企画

三月のヒーリングセミナーは、プログラム内容の

変更を伴いながら近々に告知します。

またセミナーとは別な形の出会いの場を作ります。

それは、紫蓮さんという稀有な存在に触れてもらう

ための「お茶会」です。内容は、決まっていません。

読者の興味あることを話題にする会です。

とはいえ原則は、生きることの意味についてです。

紫蓮さんの語られることは、参加者の誤解や

偽りの知識を正してくれるでしょう。

その他、古代遺跡の謎について、実相を正確に

透視できる人は、殆どいませんが、紫蓮さんは、

それが出来る稀有な人です。

エジプトのピラミッドがどのように建造されたのか、

歴史からは知られることの無い秘密を聞いたり、

宇宙からやって来た異星人についての真実を聞い

たりします。粉飾された偽りの歴史を知ることも

人があゆむべき正しい方向性を与えてくれます。

このように書いたからと言って、彼女を興味本位の

見世物にするという意味ではありません。

敷居を低くして、気軽に触れ合う場の企画です。

とはいえオカルト好きな人の興味対象には

なりません。また個人相談も受付けます。

お茶とケーキを含めた二時間の金額は、一万円の

予定です。受講生のフォローアップにも有益です。

日時が決まり次第、それを告知します。


井中の蛙

むかし、NHKラジオの「朝の随想」にレギュラー出演した

ことがあります。この「美人局体験」も語りました。

そして、50人以上からの称賛の声が手紙で届きました。

勇気づけられたとか、参考になったとか、自分もそのような

生き方をしたいと思ったとか。。。

でも、批判的な人の手紙はありませんでした。

批判的な人、評価しない人は、あえて手紙にしなかった

ということです。

真理を知らない聞く人の意識状態によって、同一の

体験が異質なものに認識される訳です。何ごとも。


言葉は、それを語る人を呪縛する要因の一つです。

例えば、悟った人、聖者という語について、50人の

学生に作文を書かせたとします。その作文は、

みな違うでしょう。

では、信仰心を持つ集団に当てはめて、同じ語を

イスラム教徒、キリスト教徒、仏教徒の集団がそれを

討論したなら、彼らは殴り合いの喧嘩が始まり、

遂には、殺し合いに進展する可能性は大です。

これが現実世界に起こっている争いです。

悟りの境地に到達しない井の中の蛙が、どうして

幾多の激流を超えた大海の境地を語れると言う

のですか?もし、井の中の蛙が大海を語ったなら、

推測したなら、悲観するなら、それは、妄想虚言だと

言われるものに違いないのです。


むかし家を新築した際、大き目の池も作りました。

金魚鉢に飼っていた金魚を池に放しました。

ところが、金魚は金魚鉢の枠内でしか泳がない

のです。手を入れると、枠組みからはみ出して

泳ぐけれど、また枠組みの中を泳ぐのです。

読者の皆さんは、なぜか分かりますね。

観察した結果、一週間くらい、枠組みの中しか

泳がない金魚。

これと同じことが人にも作用していることも幾多の

事例を紹介して、随想で語りました。

この話しも、結構な数のファンレターでした。


何が言いたいのか、と言うなら、僕の記事に気に

入らないことが書かれてあれば、唾を吐くような

ことをせず、黙って去ればいいでしょう、と言うこと。

紫蓮さんのことも、既に書いたことは残しますが、

新たな情報は、もう書きません。



美人局体験-5


屈強なヤクザ男と出会い、わずか30分くらいの

会話によって、ヤクザ男はヤクザをやめたのだから

凄いことが起こったということ。もし僕に恐怖心が

あったなら、このような展開にならないだろう。

彼は、組長と他の幹部、舎弟たちに示しのつかない

ことをやったのだから、そのリスクは小さくないだろう。

お金を払うと言う僕の話しの内容は、その相手がヤクザか

素人かの区別を考えずとも、どのようなものか読者が

考える価値もあると思う。その会話内容が分かった、と

いう読者は、コメントして欲しい。懸賞金は無いけど。

いま思うに、彼をヤクザに仕立てたカルマを破壊した

からこそ、彼は小さくはないリスクを承知しながら、

ヤクザをやめた。

それだけではない。女が務める役所の四人の役人から

それぞれ500万円を恐喝して得ていた2千万の金を返した

のだから凄い決意だったわけだ。僕がお小遣いを貰ったと

言うのは、その役所に行き、恐喝された人と会話した際、

お金を取り戻し、一切の恐喝から自由にしてあげることを

約束し、その相談料として、半額をもらうという約束を

したからだった。もらった1千万円は、何に使ったのか、

思い出せないが。。。

美人局体験 終わり


美人局体験-4


土下座したヤクザ

夏の暑い日だというのに、彼は長袖カッターシャツの襟に

ボタンを止めていた。両手首から刺青が見えた。刺青は

無言の脅しに使うのだろうか。

目を皿にした彼は、「この男、全然ビビってない。余裕の

態度だ。何者だ?」と言う想念を放っていた。

「暑い夏だから、シャツの袖をめくったらどうですか?」

と付け加えてやった。彼は考えていたことを語れない状態に

なっていた。

「言いたいと思うことを語ればいいのでは?」と言って、

助け舟をだすと、無言のまま手のひらを開いて見せた彼。

つまり500円を出せと言っているのだが、その要求を無力化

させるために、少しおちょくることにした。

「えー 5万円も…?」と、大きめな声で僕。

彼は怒りに燃えたような目をして、首を横に振る。要求金額を

言葉にすれば、恐喝罪になるから手振りをする。

「じゃあ…ご、五十万円…?」とまた大きめな声を出した僕(笑)

レストランの客の目線が集まり、彼の思考能力が壊れたのだろう

首を横に振ることもなかった。次は500万円かと僕が聞くことを

期待した彼をまたおちょくる必要があったので、金額のことは

触れずに言った。

「僕は真っ当な仕事をして、真っ当なお金を稼いでいる。君は

どうなのか?」と追求したら、彼の顔は、真っ赤に染まった。

怒りが湧きながら自分の不当性を指摘されたから、何も言えない。

さらにたたみ込むための言葉を浴びせた。

「僕は、人を脅してお金を取ろうとする不義はやらない主義だ。

しかし君の場合、どうなんだろう?」と。

例え、一対一の関係においても、ヤクザに説教する男はいない。

それがホテルのレストランで、大きな声を出して説教じみたことを

言われたヤクザは、自分の惨めさを悟るのだ。

屈強なヤクザ男は、ついに折れて、「どうすればいい?」と言った。

「お金は払う。」と言うと、驚きと喜びの表情に変わったヤクザ

男だった。

そして、「いつ、幾ら払うのか?」と言って、食いついてきた。

ここで、彼に語った内容は省略するが、その支払い の話しを

聞いた彼は、こう言った。

「我々は何よりも面子を大事にする。面子のために喧嘩もする。

面子がなくなったらヤクザは終わりなんだ。それを見てくれ。」

そう言うと、椅子から立ち上がり、レストランの床に土下座を

したのだ! それからまた椅子に座り、こう言った。

「俺は大衆の面前で、あんたに土下座をした。この意味が分かる

だろうか。あんたの様な頭がきれて、クソ度胸のある男を見たことが

ないんだ。俺は、あんたの軍門に降ったことを認めてくれ。お金は

要らない。」と言ったヤクザ男は、この瞬間に真っ当な人間になった、

ということだ。

ふう〜

また続きにしよう。


美人局体験-3



ヤクザとの対決


この記事は、過去の体験の一コマであり、今となっては、

書くべき価値もないと思うけど、書いた手前、早々に締め

くくろうと思う。

ある日、知らない男性から電話があり、日浦が付き合って

いる女は、自分の女であるから、慰謝料を要求するという。

まるで三文週刊誌の記事そのもの。つい笑ってしまった。

その女性を紹介してくれた友人は、広告代理店の取締役であり、

信頼できる10年来の親友だ。彼が美人局に加担することはあり

得ない。だからヤクザと慰謝料請求の件は、伝えなかった。

電話の相手が広域暴力団の幹部だと知っても、なんの恐怖も

起こらなかったのは、クソ度胸があるからだけど、その要求

自体に正当性が無いからだった。

「よし、小遣い稼ぎに行くか」

そう言って、待ち合わせ場所へ向かった。読者に勘違いして

欲しくないから言うけれど、ヤクザを脅して小遣いを稼ぐ、と

いう事ではないので誤解なきよう。ただ相手の要求に対応すると

お小遣いが入るってことが分かっただけ ^^

それは、どんなことか? と思うだろうけれど、これは、彼との

対話から知って欲しい。

約束の1時間ほどまえに、ホテルのレストランに入り、ステーキ

ランチを食べた。しかも150gのステーキをダブルで。これは、

僕がヤクザなど、恐れていない余裕の態度を見せるためだ。

スープ、サラダ、ワイン、ライスとステーキ300gを食べ終えたとき、

「日浦さんですか?」

という男性が面前に来た。おお、彼は、なんという強者だろうか。

身長185センチ位の頑強な身体と鋭く光る冷徹な目を持っていた。

僕も喧嘩空手や柔道をやったから分かる。彼は修羅場を潜り抜けた

戦闘派だ。レスラー崩れか、幾多の武闘術を体得した屈強な男 だ。

ただのヤクザじゃあない。

その彼は椅子に座ると、僕が食べたものの皿に目が行き、彼の目が

皿になっていた。すでに僕が勝ったぜベイビー♬(笑)

ここで続く……にしよう。


美人局体験-2

彼が指定したその日まで、三日間の時間があった。

この脅迫電話があるより数か月前、友人がラブホから

電話をしてきた。それが夜中の二時ころだった。

彼は、妻子ある医者だったけれど、クラブのお姉ちゃんを

口説き落とし、ラブホに行った。

お姉ちゃんと風呂に入ろうと誘ったら、その彼女は、

「恥かしいから先に入ってね(^^♪」と言われたので、

ひとりルンルン気分でシャワーを浴びた。そして

腰にバスタオルを巻いた彼は、「おまたせ~🎵」

と言って出てきたが、そこには、お姉ちゃんの他に

怖い男が三人もいたと言う。とうぜんながら彼の

息子は意気消チン・・・↓(笑)

彼は、裸姿のまま、無理やり彼女とベッドインした

写真を撮られてしまったと言う。それが浮気の証拠

写真に使われるという恐怖も加わった。彼は恐怖心に

負けたと言うか、恐怖ゆえにやくざの要求に従った。

乗って来たベンツを取られ、財布の現金とカードを

持って、やくざは帰ったと言う。

ホテル代も無く、タクシー代も無ければ、僕を呼ぶしか

なかったのだ。

僕は友達に意見した。彼らの言いなりになる前に、

「僕の財産管理をしている秘書を呼ぶから、電話を

させてくれ」と言いい、この日浦を呼べばベンツを

取られずに済んだのにと。

彼の場面には、ただ恐怖だけがあり、そんなことを

考えもしなかったのだ。

「よし、その女が働いているクラブの名前を教えろ」

「なにを言うか!お礼参りされるだけだ!」という彼は、

マインドの中に恐怖心しか無かった。無理もないか。

この頃、関西方面から、かなりのやくざ者が流れ込み、

色んな事件が起っていたと新聞が報じていた。

その女は、もうクラブを辞めているだろうし、店側も

彼女の存在を否定するだろう。

読者が似た体験をするかどうか、僕は知らない。

不意に起こる恐怖もありうるこの世界。

美人局体験-1

事の始まりは、僕が40代後半の時だった。

離婚後、独身貴族を満喫していた僕は、

親しい友人から或る女性を紹介された。

その彼女は、正規の公務員だと言う。

会ってみたら飯島直子にそっくりさんみたいな

女性だった。だが頭髪は、茶髪にラメを染めて

いた。本当に公務員か・・?との思いが湧いた。

もっと不思議な言葉は、「わたしが何をしようと

わたしを注意できる人は誰も居ません。」だった。


そんな不可解な人との交際から約二か月後、

知らない男性から電話があって、会いたいと

言った。会ってどうするのか、と聞けば、

会えばわかるというお馬鹿さん。直感的に

美人局だと分かった。

美人局を知らない人のために、いや知らない

という人はいないだろうけれど、説明がいる。

僕が付き合っている、その女性のひもがお金を

よこせ!という脅迫なのだ。ひもはやくざだ。

パソコンを立ち上げていたので、彼が指定する

店舗ビルをネット検索した。そこは、飲み屋街の

雑居ビルの一室だった。

「僕は臆病者だから、そこへは行けない」と言った。

「どこなら出てくるのか?」と聞くので、

「駅西口のホテルオークラのレストランがいい」

と言った。相手の方は、いやそうな言い方だった。

会う日時と場所が決まり、電話が切れた。

電話の相手は間違いなく、広域暴力団の

幹部だから組織的な対応になるだろう。

さあ、どうするべーか・・・?

続く


恐れとは・・・

今日は、恐れとか恐怖についての認識について語ります。

認識が変われば、恐れや恐怖は無くなります。

まだ立ち起らないことを恐怖したり、恐れたりするのは、

一種の妄想です。それは、起らないかも知れないのです。

恐れと恐怖は同じこと。極度な心配や不安も同じこと。

恐怖や心配の本当の意味は、それを単純に考えるなら、

事実的根拠なき単なる想念です。

自分が恐怖という想念を無意識的に作り出してから、

生まれた恐怖の想念におびえるのですから、これも

ひとり二役の芸人です。

恐怖に対応する、という考えも力なき単なる想念です。

その原因と結果を見ない恐怖に対し、どうやって対応

できるというのでしょうか・・・?

誰もが実行可能な唯一の対策は、恐れないこと、恐怖

しないことです。そうすれば、恐怖は生まれないのです。

欲望と恐怖は、織りなす糸のようなもので、その一方が

恐怖の糸であり、もう一方は、欲望とか快楽と言う想念が

それです。この関係性は、古来から言われたこと。

欲望のあるところには、必ず恐怖が潜みます。あたかも

自分の影の如くに。

恐怖があれば、それを消そうとする快楽や欲望が

必然の結果として生まれるのです。

こうした二元的な至思考性質から自由になることが

誰の中にもあるのです。本当は。


恐怖から自由になった場合の対処法について、

僕の恥かし体験を少しだけ語ります。

それは、美人局(つつもたせ)された体験です。

この話し面白そうですか・・・?

好きなんだねえ 君も(笑)

続く

プロフィール

代表:日浦祐次

Author:代表:日浦祐次
職業・建築家
東京都西新宿在住
事務局担当:長野匡也

身体内に閉じ込められて、
無数の条件付けに束縛された
人間としての私たちを

本当の自由へ導くための真理が
多くの偽り情報に覆われ、
真実は覆い隠されているのだと
聖典類に書かれてあります。
それゆえ、この世界は、マジック
ショーなのだと言うのです。

無数の束縛と無知という覆いを
取り去った裸の真理は、
求める人達に正しく提供される
べきであり、その目標へ到達する
正しい知識と方法を伝えることが
求められているという思いから、

「サハスラーラ新宿」
瞑想スクールを始めました。
http://sinnjyuku-saharsra.jimdo.com/

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