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井中の蛙

むかし、NHKラジオの「朝の随想」にレギュラー出演した

ことがあります。この「美人局体験」も語りました。

そして、50人以上からの称賛の声が手紙で届きました。

勇気づけられたとか、参考になったとか、自分もそのような

生き方をしたいと思ったとか。。。

でも、批判的な人の手紙はありませんでした。

批判的な人、評価しない人は、あえて手紙にしなかった

ということです。

真理を知らない聞く人の意識状態によって、同一の

体験が異質なものに認識される訳です。何ごとも。


言葉は、それを語る人を呪縛する要因の一つです。

例えば、悟った人、聖者という語について、50人の

学生に作文を書かせたとします。その作文は、

みな違うでしょう。

では、信仰心を持つ集団に当てはめて、同じ語を

イスラム教徒、キリスト教徒、仏教徒の集団がそれを

討論したなら、彼らは殴り合いの喧嘩が始まり、

遂には、殺し合いに進展する可能性は大です。

これが現実世界に起こっている争いです。

悟りの境地に到達しない井の中の蛙が、どうして

幾多の激流を超えた大海の境地を語れると言う

のですか?もし、井の中の蛙が大海を語ったなら、

推測したなら、悲観するなら、それは、妄想虚言だと

言われるものに違いないのです。


むかし家を新築した際、大き目の池も作りました。

金魚鉢に飼っていた金魚を池に放しました。

ところが、金魚は金魚鉢の枠内でしか泳がない

のです。手を入れると、枠組みからはみ出して

泳ぐけれど、また枠組みの中を泳ぐのです。

読者の皆さんは、なぜか分かりますね。

観察した結果、一週間くらい、枠組みの中しか

泳がない金魚。

これと同じことが人にも作用していることも幾多の

事例を紹介して、随想で語りました。

この話しも、結構な数のファンレターでした。


何が言いたいのか、と言うなら、僕の記事に気に

入らないことが書かれてあれば、唾を吐くような

ことをせず、黙って去ればいいでしょう、と言うこと。

紫蓮さんのことも、既に書いたことは残しますが、

新たな情報は、もう書きません。



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庭師のつぶやき


>では、信仰心を持つ集団に当てはめて、同じ語を
>イスラム教徒、キリスト教徒、仏教徒の集団がそれを
>討論したなら、彼らは殴り合いの喧嘩が始まり、
>遂には、殺し合いに進展する可能性は大です。
>これが現実世界に起こっている争いです。


初めてこのことを認識し始めたのは小学校3、4年生ぐらいの時でした。

幼い頃に両親が日蓮宗系の団体に入信していた関係で、小学生ながら毎週日曜に近所の会員さんの家での集まりに参加していたり、僕自身も朝夕に経文を上げることを日課としていた時期があったのですが、

教義への漠然とした疑問と、何かしら漂う大人たち滑稽な姿にどこか無意味さを感じつつあった頃、

学校の休み時間に何故かお経に興味を持った同級生が、その経を知りたいと言ってきたのでお互い意味も理解しないまま、僕は経の一節を口で伝え彼はノートに書き留めました。

こんなものを何故?と思う一方、そんな風に教えてくれなんて言われることはそれまで無かったので、何か得意な気になって教えて上げていましたが。(笑)

そしてまたある日、

何故か別な同級生に廊下で唐突に、「日蓮なんか全然偉くない」というようなことを言われたのです。彼が何と言ったか正確には思い出せないのですが、たしか、日蓮宗系の別な僧侶の名を口にして、その人が一番偉い人なんだと割と熱を込めて言われたと思います。

僕はその時に初めて日蓮宗という枠の中で小競り合いがあるのだと知った訳です。

まさに井中の蛙ですが、(笑)

宗教対立の存在を身近に知ったこと。そして、意味も知らぬ経を貴重なモノとして扱う、よく分からない盲目的な人の心理。

それは成長しても規模が大きくなるだけで、同じことの繰り返しでした。

なぜ同じことの繰り返しになるのか。

それは人がマインドという井戸の中で成長している蛙だからに違いないですね?

長ずるに従って、映し出されるマーヤーという幻想の世界は色々変化はありましょうが、その本質が「井中の蛙」であるということは変わらない。

否、それは何度転生をしても本質が変わらなければ映し出される世界も変わらないということを意味しているのではないでしょうか。

・・・

おっと、

ここは自分のブログではなく、コメント欄でした。(笑)

でもまあいっか。マーヤーの庭師は今日も落ち葉を掃き掃き。

皆様、どうぞ良き週末を。(*´▽`*)

No title

サム君が小学生にして、宗教の確執に気付くとは早いね。

朝の随想番組のころは、マーヤなる語も意味も知らなかったけど、
その虚構に気付いていたから、それを語った。
感受性の高い人は、この世の生き方に苦悩することが多いのは、
真実が覆い隠されたマーヤの世界ゆえ。水清ければ、魚住まず、
清濁併せ呑む、という例えは、マーヤの世界での処世術。

論点の大雑把な意味は、マインドが井戸であり、蛙もマインドだと
言えると思う。マインドが赴くとこと、そこもまた井戸になる。
孫悟空がお釈迦様を超えて、宇宙の果てまで飛び、そこに有った岩に
自分の名を書いた。でもそれは、釈迦の指だった、という話しは、
そのことの教え。

幾多の恩寵を受けた、という人が、そのブログに唾するような人を
なんと見るかというメールを読者から貰った。
それへの答えが記事の「井中の蛙」。
流れ出た恩寵は取り消されないだろうけど、批判癖あるその人へは、
もう恩寵は働かないだろう。その人には、ブログさえ見て欲しくない。



プロフィール

代表:日浦祐次

Author:代表:日浦祐次
職業・建築家
東京都西新宿在住
事務局担当:長野匡也

身体内に閉じ込められて、
無数の条件付けに束縛された
人間としての私たちを

本当の自由へ導くための真理が
多くの偽り情報に覆われ、
真実は覆い隠されているのだと
聖典類に書かれてあります。
それゆえ、この世界は、マジック
ショーなのだと言うのです。

無数の束縛と無知という覆いを
取り去った裸の真理は、
求める人達に正しく提供される
べきであり、その目標へ到達する
正しい知識と方法を伝えることが
求められているという思いから、

「サハスラーラ新宿」
瞑想スクールを始めました。
http://sinnjyuku-saharsra.jimdo.com/

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